子どもの「将来の夢」を広げる:職業選択におけるジェンダー固定観念を解消する指導事例
はじめに
小学校の教育現場では、児童が自身の将来の夢やなりたい職業について語る機会が多くあります。その中で、「男の子だからパイロット」「女の子だからお花屋さん」といった、ジェンダーに基づく無意識の固定観念が見受けられることは珍しくありません。このような固定観念は、児童が自身の可能性を限定してしまうことに繋がりかねません。
本記事では、小学校の先生方が児童の将来の夢や職業選択において、ジェンダーにとらわれない多様な視点を持てるよう支援するための具体的な授業実践事例をご紹介します。児童が自身の興味や能力に基づいて自由に未来を描けるよう、年齢に応じたアプローチと指導のポイントを解説いたします。
ジェンダー固定観念が子どもの夢に与える影響
子どもたちが職業について考える際、彼らの周りにある情報源、例えばテレビ番組、絵本、家族や地域の人々の姿などが大きな影響を与えます。これらの情報源には、しばしば無意識のうちにジェンダーに基づく役割分担やイメージが反映されていることがあります。例えば、「力仕事は男性」「ケアやサービスは女性」といったステレオタイプが根強く存在し、これが子どもたちの職業観形成に影響を与える可能性があります。
このような固定観念は、特定の性別の子どもが特定の職業を「自分には向いていない」「自分はなれない」と思い込んでしまうことに繋がります。結果として、子どもたちの興味や才能が真に開花する機会を制限し、多様な社会を生きる上での選択肢を狭めてしまうことにもなりかねません。小学校教諭の皆様が、この固定観念を解消し、児童が持つ無限の可能性を最大限に引き出す支援を行うことが重要です。
小学校での実践事例:多様な「働く」を考える授業
ここでは、低学年、中学年、高学年の発達段階に合わせた具体的な授業実践例をご紹介します。
1. 低学年向け実践事例:「しごとずかん」で多様な働き方を発見しよう
- 対象学年: 小学校1~2年生
- 実践の目的・ねらい:
- 世の中には多様な職業があることを知り、興味を持つ。
- 職業に性別は関係なく、どんな人でも好きな仕事に就けるという認識を持つ。
- 具体的な活動内容と指導の手順:
- 導入(5分): 先生からの問いかけ。「大きくなったら、どんなお仕事をしてみたいですか。もし知っているお仕事があったら教えてください。」児童の自由な発言を促します。
- 絵本・写真集の紹介(15分): 様々な職業が描かれた絵本や写真集(例: 「しごとずかん」のようなもの)を読み聞かせたり、画面に提示したりします。この際、特に男性の看護師、女性のパイロット、男性の保育士、女性のエンジニアなど、一般的に性別のイメージが固定されがちな職業において、多様な性別の人が活躍している例を意識的に提示します。
- 「わたしのなりたいもの」表現活動(20分): 児童に画用紙と色鉛筆を配り、「大きくなったらやってみたいこと」を絵や言葉で自由に表現してもらいます。
- 共有(10分): 完成した絵について、発表したい児童に簡単な発表の機会を設けます。発表の際は、性別に関係なくその仕事を選んだ理由や、その仕事でどんなことをしたいかを尋ねるようにします。
- 準備物: 「しごとずかん」等の多様な職業が描かれた絵本や写真集、プロジェクター(必要に応じて)、画用紙、色鉛筆。
- 指導のポイント・児童への声かけ例:
- 「〇〇ちゃんは、お花屋さんになりたいんだね。素敵だね。男の子がお花屋さんになってもいいのかな?」と、具体的な問いかけで性別の固定観念に気づかせます。
- 「このお医者さんは、男の人?女の人?」「この料理人さんは、男の人かな?女の人かな?」「どっちでもなれるんだね」と、多様な選択肢があることを自然に示唆します。
- 児童の発表に対して、「それは男の子らしいお仕事だね」「女の子らしいお仕事だね」といった表現は避け、「〇〇のどんなところに興味があるの?」と、興味そのものに焦点を当てた声かけを心がけます。
- 予想される児童の反応・困ったときの対応例:
- 「男の子なのに、お菓子屋さんになりたいって言ったら笑われるかな?」といった不安を示す児童には、「そんなことはないよ。〇〇さんが作ってくれるお菓子、先生も食べてみたいな」と肯定的な返答で安心させます。
- 「お母さんが言ってたから、お嫁さんになりたい」といった発言には、「お嫁さんというのも素敵なことだけど、お仕事もいろいろあるよ。他にもやってみたいことってあるかな?」と、別の選択肢に目を向けるよう促します。
2. 中学年向け実践事例:「だれでもなれる!わたしの未来マップ」
- 対象学年: 小学校3~4年生
- 実践の目的・ねらい:
- 職業への興味を深め、多様な職業の役割について理解を広げる。
- 職業にまつわる性別のステレオタイプに気づき、ジェンダーにとらわれない職業観を養う。
- 具体的な活動内容と指導の手順:
- 導入(10分): 「私たちの周りには、どんなお仕事があるかな?」「そのお仕事をしている人は、どんな人が多いと思う?」と問いかけ、児童が持つ既存の職業イメージを引き出します。例えば、「警察官」や「保育士」など、性別のイメージが強い職業を例に挙げてもよいでしょう。
- 多様な職業の紹介(20分): 職業紹介VTRを視聴したり、様々な職業に就いている人の写真や短いインタビューを提示したりします。特に、ステレオタイプを覆すような具体的なロールモデル(例:女性の建設作業員、男性のスタイリストなど)を意識的に取り入れます。可能であれば、保護者の方々にご協力いただき、多様な職業について話してもらう機会を設けることも有効です。
- 「未来マップ」作成(25分): 模造紙や大きめの紙を配り、中央に自分の名前を書き、「未来マップ」を作成します。興味のある職業をいくつか選び、その職業がどんな仕事をしているのか、どんな人がその仕事をしているのかを具体的に調べて書き込みます。この際、「男性が多い仕事」「女性が多い仕事」といった区分けではなく、「どんな人でもなれる」という視点で調べるよう指示します。
- グループ発表と共有(15分): 2~3人のグループで互いのマップを発表し合い、気づいたことや疑問に思ったことを共有します。全体で発表の機会も設けます。
- 準備物: 職業紹介VTR、職業カードや写真(性別に偏りがないもの)、模造紙、カラーペン、付箋。
- 指導のポイント・児童への声かけ例:
- 「この仕事をしている人って、どんな性別の人が多いかな?」「でも、それ以外の性別の人もその仕事をしているかな?」「なぜそう思うのかな?」と問いかけ、多角的な視点から職業を捉えることを促します。
- 「〇〇さんが興味を持ったお仕事、どんなところが魅力的に見えた?」と、児童の純粋な興味関心を尊重します。
- 「もし、男の子だから、女の子だからという理由で、その仕事を選べなかったとしたらどう感じるかな?」と、共感や想像力を促します。
- 予想される児童の反応・困ったときの対応例:
- 「消防士は男性しかいないと思ってたけど、女性の消防士さんもいるんだ!かっこいい」といった発見の言葉。
- 特定の職業について、性別によるイメージが強い児童に対しては、「テレビや漫画の中では、そういう風に描かれていることが多いかもしれないね。でも、実際には色々な人が頑張っているんだよ」と、情報源と現実の区別を助けます。
3. 高学年向け実践事例:「未来の自分をデザインしよう!多様なキャリアパス探求ワーク」
- 対象学年: 小学校5~6年生
- 実践の目的・ねらい:
- 職業選択におけるジェンダー固定観念を意識的に捉え、その背景にある社会的な要因について考える。
- 自身の興味や適性に基づき、性別にとらわれずに多様なキャリアパスを描く力を養う。
- 具体的な活動内容と指導の手順:
- 導入・ワークシート「職業イメージチェック」(15分): 児童にワークシートを配布します。ワークシートには、「この仕事をしているのは男性が多い?女性が多い?」といった問いが複数並び、児童に直感で回答してもらいます。 (例:医師、看護師、プログラマー、美容師、トラック運転手、幼稚園の先生など) 回答後、各自の回答を共有し、なぜそう答えたのかを話し合います。この段階では、正誤ではなく、自身のバイアスに気づくことを促します。
- ディスカッション「なぜそう思ったのだろう」(20分): グループ内で、ワークシートの回答とその理由について深掘りして話し合います。
- 「なぜ、その仕事は男性が多い/女性が多いと思ったの?」
- 「テレビや本で、そう描かれていることが多いかな?」
- 「周りの大人で、その仕事をしている人はいるかな?」 教員はファシリテーターとして、児童の考えを引き出し、社会的な影響やメディアの影響について触れます。
- ロールモデル紹介(15分): 歴史上の人物や現代の人物で、性別にとらわれずに活躍した人々(例:ナイチンゲール、マリー・キュリー、野口英世、宇宙飛行士、起業家など)の事例を紹介します。彼らがどのような困難を乗り越え、どのように夢を実現したかを紹介し、性別が夢を阻むものではないことを伝えます。
- 「未来の自分デザインシート」作成(30分): 児童に「未来の自分デザインシート」を配布します。シートには、「興味のある職業」「その職業を通じて社会に貢献したいこと」「そのために今からできること」「身につけたい力」「性別に関係なく、この仕事を選んだ理由」などの項目を設け、自由に記述してもらいます。
- 発表と相互フィードバック(20分): グループ内でシートの内容を発表し合い、お互いの夢や考えを尊重しながらフィードバックを行います。全体での共有の時間も設けます。
- 準備物: ワークシート「職業イメージチェック」、ロールモデル紹介資料(写真や簡単なプロフィール)、模造紙、ペン。
- 指導のポイント・児童への声かけ例:
- 「みんなが今感じたことは、もしかしたらテレビや漫画、周りの大人の言葉など、たくさんの情報から影響を受けているかもしれないね」と、自身の思考の背景に気づかせます。
- 「もし、性別という壁がなかったら、どんな自分になってみたい?」と、自由に想像力を働かせるよう促します。
- 「〇〇さんの夢、具体的に社会にどう貢献したいのかがよく分かったよ」と、夢の具体性と社会性を評価します。
- 予想される児童の反応・困ったときの対応例:
- 「自分でも気づかないうちに、そういう考え方になってたんだ」「ジェンダーって、こういうことなんだと初めて分かった」といった、自己認識の変化。
- 「でも、やっぱり男の子が看護師さんって変じゃない?」といった意見が出た際は、「なぜそう思うのか、もう少し詳しく教えてくれるかな?」「どんな人がその仕事をしていると、変だと感じるの?」と、その考えの根拠を深掘りし、多様な視点があることを穏やかに提示します。
指導における共通のポイントと留意点
これらの実践を行う上で、以下の点に共通して留意することが重要です。
- 教員自身のジェンダー意識の振り返り: 先生ご自身が無意識のうちにジェンダー固定観念を持っていないか、日頃の言葉遣いや児童への接し方を振り返る機会を設けることが大切です。例えば、「男の子だから力持ちだね」「女の子はお淑やかにね」といった声かけは、無意識のうちに児童の行動や興味を制限してしまう可能性があります。
- 日常的な言葉遣いと教材の選択における配慮: 授業中や休み時間など、日常のあらゆる場面でジェンダーに配慮した言葉遣いを心がけましょう。また、教科書や副読本、その他の教材を選ぶ際にも、登場人物のジェンダーバランスや役割分担に偏りがないかを確認し、もし偏りがある場合は、補足説明を加えたり、多様な視点を提供する別の教材を併用したりすることが望ましいです。
- 保護者との連携: 家庭教育におけるジェンダー固定観念が、学校での指導効果を薄めてしまうこともあります。学級通信や保護者会などを通じて、学校でのジェンダー平等推進の取り組みについて共有し、家庭での理解と協力を求めることも有効です。
- 「正解」を押し付けない: ジェンダー平等に関する指導は、児童に特定の価値観や「正解」を押し付けるものではありません。あくまで、多様な選択肢があることを示し、子どもたち自身が自由に、そして主体的に自分の未来を選択できる力を育むことを目指します。
まとめ
子どもたちが将来の夢や職業について考えることは、自己肯定感を育み、社会と関わる上で非常に重要なプロセスです。ジェンダーにとらわれない多様な職業観を育むことは、子どもたち一人ひとりが持つ無限の可能性を拓き、より豊かな人生を歩むための土台となります。
本記事でご紹介した実践事例が、皆様の授業準備の一助となり、子どもたちの未来を応援する温かい教育環境づくりに貢献できれば幸いです。これらの事例を参考に、ぜひ先生方の学級や児童の実態に合わせて工夫を凝らし、実践を重ねてみてください。持続的な取り組みを通じて、子どもたちが自分らしい未来をデザインできる力を育んでいきましょう。